特許の仕事を始めたのは、偶然なことからです。
国立大学工学部を卒業後、某ケミカル系企業に就職し、主に研究開発を行っておりました。しかし、どういうわけか研究開発以外の業務までも頼まれるケースが多く「従業員の意識改革」なども任され、愉しくやっておりました。
入社3年目ぐらいから、自分の気質はサラリーマンに向いていないなかと感じ始めて、新たなステップとしての転職を考えはじめました。偶然、朝日新聞の2行広告=「○○特許事務所・所員募集」に目が止まってしまいました。今まで勤めていた化学会社で研究開発に携わっていたため、特許出願等に触れる機会も多々ありました。アメリカの特許引用文献の内容を会議で発表したり、自分で開発した発明を特許出願したりしていました。そんなことが、たった2行の求人広告に目が止まった理由かもしれません。
特許の仕事なら、自分一人の世界で進められるであろうと安易に考え面接に行ったところ、何故だか「すぐ来てくれ」ということになりました。特許について詳しいわけではないため、当初はそのギャップに愕然としました。その後、先輩の誘いから「土橋ゼミ」という弁理士試験合格のためのサークルに入り“猛勉強”したわけです。この土橋ゼミは非常に優秀なゼミで、出身者の90%が弁理士試験に最終的に合格しています。土橋ゼミで学んだことが、今の自分の基盤になっているといっても過言ではないくらい、本当にいろいろなことを教わりました。
特許事務所に就職したのも運命的でしたが、独立したのも自然の流れに乗ったという感じでしたね。
ある日、仕事が終ってクライアントと一杯やっていた時“独立するなら、月1件くらいは仕事を回せるよ”と言われ、今まで「独立」など考えたことが無かったのですが、その言葉からその気になり、2〜3ケ月は独立に向かっていました。
そして昭和53年12月、永井義久31歳。東京・赤坂のわずか7坪のワンルームマンションから永井国際特許事務所はスタートしました。